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東京地方裁判所 平成6年(ワ)1125号 判決

原告

黒龍江科技経済開発総公司

右代表者総経理

王昇

右訴訟代理人弁護士

高橋正毅

被告

株式会社新菱

右代表者代表取締役

平戸正雄

主文

一  原告を申立人、被告を被申立人とする中華人民共和国国際経済貿易仲裁委員会(九一)貿仲字第〇九二〇号事件につき、同委員会が一九九一年四月一二日付けでした別紙記載の仲裁判断に基づいて、原告が被告に対し強制執行することを許可する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告を被申立人として仲裁の申立てをした中華人民共和国国際経済貿易仲裁委員会(以下「本件仲裁委員会」という。)(九一)貿仲字第〇九二〇号事件(以下「本件仲裁事件」という。)につき、同委員会が一九九一年(平成三年)四月一二日付けでした別紙記載の仲裁判断(以下「本件仲裁判断」という。なお、本件仲裁判断の1項中に「中国黒龍江科技経済開発公司」とあるのは原告を、「日本新菱株式会社」とあるのは被告を指すものと認める。)の執行判決を求める事案である。

一  基礎となる事実(証拠を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)

1  原告は中華人民共和国の国有企業法人であり、被告は建築用資材の輸出入、販売等を目的とする我が国の株式会社である。

2  原告と被告は、平成元年二月二一日、中華人民共和国海南省でれんが製造の合弁事業を行うことを目的として、中外合資南興建材股分有限公司設立のための合弁契約(以下「本件契約」という。)を締結した。本件契約の契約書中には、本件契約から生じる紛争につき話合いによる解決ができない場合には、中華人民共和国国際貿易促進委員会対外経済貿易仲裁委員会の仲裁に付託することとし、その仲裁判断は最終的なものであり、双方に対して拘束力を有する旨の仲裁合意が定められている。

3  原告は、被告との間で、本件契約の履行をめぐって紛争を生じ、話合いによる解決ができなかったため、平成二年八月一四日、中華人民共和国国際貿易促進委員会対外経済貿易仲裁委員会の後身である本件仲裁委員会に対して仲裁の申立てをし、本件仲裁事件として係属した。

4  被告は、仲裁申立書及びその添付書類を受領した後、平成二年一二月一日付けで本件契約の履行責任を争う旨の答弁書を提出し、本件仲裁委員会から平成三年二月六日の開廷期日の通知を受けたが、当該期日に出頭せず、また、同委員会から開廷期日の続行を求めるか否かの照会と補充資料を提出すべき旨の指示を受けたが、何らの回答もしなかった(甲一、一〇の各1、2、一三)。

5  本件仲裁委員会は、平成三年四月一二日付け裁決をもって、原告の主張を概ね容れた内容の終局判断である本件仲裁判断をし、右裁決書は被告に送達された。

6  我が国と中華人民共和国は、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(以下「ニューヨーク条約」という。)に加入し、いずれも相互主義の原則に基づき、他の締約国の領域においてされた判断の承認及び執行についてのみ同条約を適用する旨宣言している(日本の加入については当裁判所に顕著であり、中華人民共和国の加入については甲三の1ないし3)。

7  原告は、当裁判所に対し、ニューヨーク条約四条所定の文書として、(1) 仲裁人の署名について中華人民共和国国家公証所公証員王福家により認証された本件仲裁判断の原本及び同国駐大阪総領事館の領事により証明された翻訳文、(2) 原本の写しであることについて同国黒龍江省哈爾濱市公証所公証員鄭貴藏により正当に証明された本件契約書中の仲裁付託条項の謄本及び同国駐大阪総領事館の領事により証明された翻訳文を提出した(甲一の1、2、一四の1ないし3、一五の1ないし5)。

二  原告の主張

1  被告の後記主張は、ニューヨーク条約が定める外国仲裁判断の執行拒否要件には該当しない。

2  よって、原告は、被告に対し、ニューヨーク条約に基づき、本件仲裁判断の執行判決を求める。

三  被告の主張

1  本件契約はれんが製造工場の設立のための合弁契約であり、これに必要な技術は台湾の施学鏘が有していたが、台湾から中華人民共和国への直接投資が禁止されていることから、原告が日本法人である被告を通じてれんが製造技術を導入することになり、被告は、頼まれて単に本件契約の当事者としての名義を貸したにすぎない。ところが、施学鏘がその後投資をせず、合弁会社が解散することになったのであるから、本件契約は当初に遡っていかなる効力も持たないはずであり、本件仲裁判断も無意味なものというべきである。ただし、仲裁合意の効力自体は争わない。

2  原告は、中華人民共和国の国有企業法人であるのに、本件仲裁判断に関与した仲裁人はいずれも同国の共産党員であって、判断の公正が期待できない。また、本件仲裁判断は、被告の提出した答弁書における主張その他の申立てを一切退け、一方的な事実誤認に基づいてされたものであって、我が国の公序良俗に反する。

第三  当裁判所の判断

一 我が国及び中華人民共和国がニューヨーク条約に加入していることは前示のとおりであるところ、同条約三条によれば、各締約国は、同条約四条以下に定める条件の下に、仲裁判断をその判断が援用される領域の手続規則に従って執行するものとされているから、本件仲裁判断の執行に当たっては、民訴法八〇二条一項により、執行判決の手続きをもってその執行の許否を審理し、その中でニューヨーク条約四条以下に定める条件を充足しているか否かについて判断されるべきことになる。もっとも、ニューヨーク条約七条一項は、同条約の規定は、締約国が締結する仲裁判断の承認及び執行に関する多数国間又は二国間の合意の効力に影響を及ぼすものではない旨定めているところ、我が国と中華人民共和国との間には、昭和四九年一月五日、日本国と中華人民共和国との間の貿易に関する協定(以下「日中貿易協定」という。)が締結されており(同年六月二二日発効)、その八条において、我が国の法人又は自然人と中華人民共和国の外国貿易機構との間に締結された商事契約から又はこれに関連して生ずる紛争の解決について規定し、同条四項では「両締結国は、仲裁判断について、その執行が求められる国の法律が定める条件に従い、関係機関によって、これを執行する義務を負う。」旨定められている(甲六)。しかし、証拠(甲一六)によれば、原告の主な営業目的は、技術サービス、技術コンサルタント、工事項目等の鑑定、情報サービス(重要生産資料の仲介は除く。)であることが認められるから、原告が日中貿易協定八条にいう中華人民共和国の「外国貿易機構」に該当するかは、にわかに断定し難いところである。また、ニューヨーク条約七条一項の前記規定は、外国仲裁判断の国際的承認及び執行について画すべき制限の最大限度を定める趣旨に出たものであって、多数国間又は二国間の合意のうち同条約の規定より一層制限的な要件を定めている部分については適用されないものと解すべきであるから、日中貿易協定八条四項により仲裁判断執行の条件とされる民訴法八〇二条二項、八〇一条のうち、ニューヨーク条約の規定より一層制限的な要件を定める部分については本件に適用はなく、いずれにせよ、本件仲裁判断がニューヨーク条約四条以下に定める条件を充たす限り、その執行判決は許されるものといわなければならない。

二  本件において、承認及び執行の積極的要件を定めるニューヨーク条約四条所定の文書が提出されていることは前示のとおりであり、執行についての決定延期要件を定める同条約六条関係の主張はないから、被告の主張にかんがみ、同条約五条所定の執行拒否要件について判断する。

1  被告の主張1の事実についてみるに、被告が本件契約における仲裁合意自体の効力を争うものではないことは自認するところであり、その余の主張事実がニューヨーク条約五条一項各号所定の拒否要件に当たらないことは明らかである。なお、証拠(甲一の1、2)によれば、被告は、本件仲裁事件において提出した答弁書においても、右主張と同旨の主張をしていたが、本件仲裁判断においては、被告に本件契約の締結意思があった旨認定され、右主張は排斥されていることが認められる。

2  次に、被告の主張2の事実は、本件仲裁判断の手続上の瑕疵に関する事実であり、ニューヨーク条約五条一項各号所定の拒否要件に当たらないことは前記と同様である。ところで、被告は、さらに、右手続上の瑕疵が我が国の公序良俗に反する旨主張するので検討するに、原告が中華人民共和国の国有企業法人であることは前示のとおりであるが、そのことから直ちに本件仲裁委員会の判断の公正が期待できないとまで断定することはできないばかりでなく、証拠(甲一、二の各1、2)によれば、(一) 中国国際経済貿易仲裁委員会仲裁規則において、仲裁委員会は仲裁人名簿を作成し、仲裁人は、中国国際貿易促進委員会が、内外の国際経済貿易、科学技術及び法律等の分野について専門の知識及び実際の経験を有する人の中から招聘し任命すること(四条)、被申立人は、仲裁申立書を受領した日から二〇日以内に仲裁委員会の仲裁人名簿から一名の仲裁人を選定し、又は仲裁委員会主席に選定を委任できること(八条)、被申立人が八条により仲裁人の選定をせず、又は仲裁委員会主席に選定を委任しない場合は、仲裁委員会主席は被申立人のために一名の仲裁人を選定できること(一六条)、選定された仲裁人が案件に利害関係を有する場合には、必ず自発的に仲裁委員会に対し回避を申し出なければならず、また当事者は、仲裁委員会に対し書面による申立てをし、当該仲裁人の回避を請求することができること(一八条)が定められていること、(二) 本件仲裁事件においても、右規則に基づき、被申立人である被告が仲裁人の選定をせず、仲裁委員会主席に選定を委任しなかったため、仲裁委員会主席が被告のため一名の仲裁人を選定したこと、(三) 本件仲裁判断は、被告の提出した答弁書を斟酌した上で詳細な根拠を示して損害額を算定していることが認められるのである。右事実からすると、本件仲裁判断をした仲裁廷の構成その他本件仲裁事件の審理手続が同条約五条二項(b)に定める我が国の公の秩序に反する場合に当たるということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

3  そして、本件記録を精査しても、本件仲裁判断の執行につき、他にニューヨーク条約五条二項各号所定の拒否要件に該当すべき事実の存在を認めることはできない。

第四  結論

よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官生島弘康 裁判官岡崎克彦)

別紙仲裁判断

1 被申立人の日本新菱株式会社は、申立人の中国黒龍江科技経済開発公司に対し、申立人が支出したれんが工場の敷地の借賃九五万元人民元の三〇パーセントに当たる二八万五〇〇〇元人民元及び右借賃に対する一九八九年六月八日から三年間の利息損害金二七万八〇〇〇元人民元を賠償しなければならない。

2 被申立人は、申立人に対し、申立人が支出した合弁企業の設立準備経費33万7327.15元人民元及びこれに対する一九九一年二月一八日から同年五月二七日まで年八パーセントの割合による利息七六四六元人民元を賠償しなければならない。

3 本件仲裁費用二万六一四四元人民元は、被申立人において全額負担すべきものとし、被申立人は、申立人が仲裁委員会に立替支払した仲裁費用二万元人民元を申立人に償還しなければならず、右相殺後の残額六一四四元人民元は一九九一年五月二七日までに仲裁委員会に直接送金しなければならない。

4 被申立人は、申立人に対し、上記1ないし3項の合計92万7973.15元人民元を一九九一年五月二七日までに全額一括払いしなければならず、右期限を徒過した場合は年一〇パーセントの割合による利息を加算して支払わなければならない。

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